newsong
ふと目を開けると、ひんやりとした空間が広がっていた。
木の香りが漂い、建物の中なのは分かるが薄暗くてよく見えない。
手を動かそうとして、自由にならない体に、自分自身が柱に縛り付けられているのだと気付いた。
首を動かせばズキリと頭が痛み、体の節々も鈍い悲鳴を上げる。
カカシは気を失う前の記憶の糸を手繰り寄せた。
確か、任務に出た。ヤマトと。
ヤマトとのツーマンセルは暗部の時以来だが、やはり互いの能力を知り尽くした相手とはどんな人間と組むよりもやり易い。
案の定、任務は楽に終わった。
名の知れた手だれが数人紛れ込んでいるからとS級任務ではあったが、ヤマトとの連係が功をなし、あっさりと片は付いた。
問題はその後だ。
さて里に戻ろうと言う事になったが、その時ヤマトがこう言った。
「もう遅いですし、今夜はこの森で一晩明かしましょう」
少し高度な術を使ったせいもあり、チャクラも消耗していたのでカカシもその提案を快諾した。
そして、ヤマトがいつものように四柱家の術で家を建ててくれて、そこに入ったはいいがその後の記憶が曖昧だ。
「ヤマ…ト…」
気配のない後輩の名を、カカシは縋るように口に乗せた。
僕には生まれた時から親がいなかった。
淋しいとか悲しいとかいう感情はまるでなかった。
家族というものがどういうものか知らなかったし、面倒をみてくれる人間はちゃんといたから。
幼い頃から、お前は特別な存在だ、人柱力を抑えられる特別な能力を持っていると言われ続けた。
子供の時こそよく分からなかったが、大人たちの訓練を受けて徐々にその能力が覚醒していった。
隔離され特別視されていたせいで、周りはいつも大人ばかり。
表に出ることは許されず、同世代の子と知り合うこともなければ、遊んだこともない。
それでも、比べるものがなかったせいか特に淋しいとか悔しいとか思うことは不思議となかった。
僕は感情というものは無意味であると思っていた。
周りの大人の目は、僕を道具としか見ていない。そして自分でも道具でありたいと思った。
道具に感情は必要ない。
僕が12歳になった時、暗部という裏の仕事を担う部隊に配属された。
面を被り、皆身元を隠すように指示されていて、コードネームで互いを呼び合う陰の暗殺部隊だ。
この部隊は、僕にとても合っていた。
交わす言葉も必要最小限で、互いの素性を知らない分相手を気遣うこともない。
戦場で敵にやられた駒はすぐに切り捨てるし、これぞ正しく僕の理想としていた道具の吹き溜まりだった。
僕の役割は大抵木遁の術で敵の進行を妨害する足止め役が殆どだった。
初代火影の細胞を受け継いだ僕は重宝され、年若くして暗部で一番の使い者になるだろうと囁かれた。
それでも僕は、嬉しいとも思わなければ自惚れることもない。
感情はとっくに排除した。
元々研究所で放り出されて落とすはずだった命。体のいい道具として僕は里に尽くすだけだ。
そんな中、一人だけ僕に声を掛けた人間がいた。
「宜しくね」
そう言って狐の面を被った彼は僕の頭に手を置き、撫でた。
初めてのことに驚いて、思わず後ずさりをしたら彼は笑いながら謝った。
たったそれだけの事だったのに、あれからと云うもの、いつの間にか自然と彼の背中を捜している自分がいた。
ある日、任務を終えたにも関わらず彼一人だけ遅れて帰ってくる事があった。
何処へ行ってたんだとがなる仲間を嗜めて彼は僕に近付き手を広げて見せた。
「森に沢山落ちてたんだ。くるみ、好きかな?」
掌で転がる数個のくるみを、僕は物珍しそうに掴んで彼を見上げた。
面を被っていて勿論顔は見えないが、多分笑っているんだろうと思った。
堅い殻をなかなか割ることが出来ず苦戦していると、彼が優しく殻の割り方を教えてくれた。
食べると甘く優しい味がした。
美味しいとつい口に出してしまったら、狐面の彼が大きな掌を僕の頭に乗っけて撫でた。
その手が暖かく、途方もなく嬉しいと思った時、僕は感情というものが噴出した自分自身にも驚いた。
戸惑いながらも溢れ出る顔の緩み。
その時、今更僕は道具ではなく人間だったのだと思い知らされた。
そんなある日、狐の彼が姿を見せなくなった。
大戦続きで暗部の面もあちこちに駆り出されている状態なのは明白だが、それでも姿形が見えなくなるのは淋しいと思った。
そして風の噂で、仲間内から狐面の彼は戦死したことを聞いた。
目の前が真っ暗になり、頭の中は真っ白になった。
しかし不思議と涙は出なかった。
ただ、ああやはり感情というものは邪魔なだけだと思った。
人と繋がるとロクな目に合わない、精神を乱されることで体の動きも鈍り隙を作り敵にも付け込まれてしまう。
それからと云うもの、前にも増して感情を押さえ込むようになった。
感情を捨てた僕は、冷酷非情で残忍になっていった。
敵が命乞いをしようが降伏を喚き散らそうが何の躊躇いもなく抹殺する。
しかし、道具になるということはなんと難しいことか。
数年後、やはり自分は人間だったのだと思い知ることになる。
任務中、犬の面を被った忍が僕を庇って怪我をした。
敵は他の面が打破してくれたが、無駄な怪我を負った彼に僕は「何をやっているんだ」と思わず怒鳴った。
すると、予想もしていなかった言葉が返ってきた。
「だって仲間でしょ」
今まで仲間意識というものを持たなかった僕は、その言葉に驚愕し、理解に苦しんだ。
不意に、敵の攻撃を受けて割れた彼の面がカタンと地面に落ちた。
口布をしていて顔半分は見えなかったが、綺麗な銀色の髪をした左目に傷を持つ男だった。
「はは…顔見られちゃったね。規則違反だけど不公平だしお前の顔も見せてよ」
そう言って彼は、僕の意思も顧みず僕の面に手を掛けた。
「可愛い顔してるね。オレ、はたけカカシ。お前は?」
「…テンゾウ」
そう、と言って彼は目を和らげて笑った。
それがカカシ先輩との出会いだった。
「気がつきましたか」
耳慣れた声に、カカシは顔を上げて発信源へと目を眇めた。
「ヤマト…お前…」
闇の中からゆっくりした歩調で近付いてきた彼に、警戒するより先に疑問と混乱が沸き上がる。
「ずっとこうしたかったんですよ。カカシ先輩と」
カカシの目の前に膝を着くと、ヤマトはいつもの穏やかな笑みを湛えて笑った。
「何の真似だ。これ外せよ」
怒気を含んだ低い声で凄むが、彼はやはり笑みを崩すことなくやんわりとカカシの顎に手をかける。
「あなたが悪いんですよ。僕を失望させるから」
意味が分からず訝しげに眉を顰めるカカシに、ヤマトは少し苛立ちを覚え笑みを引っ込めた。
「僕はね、あなたは男に関しては潔白だと思ってたんですよ。あなたもはっきり言ってましたよね。男に興味はないって。だから今まで手を出さなかったしずっと黙っているつもりだった」
ヤマトはカカシの輪郭を辿るように口布の上を指で滑らせた。
「僕はそれで良かったんですよ。これから先もあなたの傍にいられるだけで良かった。でもあなたは僕を裏切って男と寝ていたんですよね」
「な、なんのことだっ」
カカシが思わず怒鳴って腰を浮かせる。
「聞いたんですよ。あなたが四代目の墓の前で呟いていたのを」
「……っ!」
カカシは顔を真っ赤に染めて目を逸らした。
「あ…あの時は誰もいなかったはずだ…」
「ええ、誰もいませんでしたよ。でも僕の影分身が見ていたんです」
「いつから…」
「いつからも何も、僕はいつだって先輩のことをずっと見ていましたから」
怪訝に顔を顰めると、ヤマトはにっこり笑って言った。
「時々先輩の食事に僕のチャクラを練りこんだ種を混ぜていたんですよ。それで先輩の所在や言動を把握することが出来る」
「な…っ!」
カカシは絶句して二の句が告げなくなってしまった。
「だって、知りたいんです。先輩のこと何もかも」
「……」
「愛していますから」
鮮明に紡がれた言葉に、カカシは信じられないように目を大きく見開いた。
本当はこんな形で告白したくなかったんですけどね、とヤマトはまるで純粋な少年のように恥ずかしそうに頬を掻いた。
「お、お前…本当にヤマト…なのか…?」
震えながら発せられた声に、ヤマトは目を細めて笑う。
「何を言っているんですか。どう見てもボクでしょう」
「嘘だっ! ヤマトは…テンゾウはこんなことしないっ!」
ヤマトは浮かべていた笑みを邪悪なものへと変えてカカシの顎を強く掴んだ。
「あなたが知らなかっただけですよ。いや、知ろうともしなかった。あなたはボクに全く興味を持たなかったんですから」
掴まれた顎が痛くてカカシは刺すようにヤマトを睨みつける。
「そんな怖い顔しないで下さいよ。ボクは優しく接するのが好きなんですから」
そう言ってヤマトはカカシの口布の上から唇を重ねた。
「…っ」
息を詰めたのはヤマトで、カカシに噛まれた唇を少し痛そうにぺろりと舐めた。
「…そんなにボクがお嫌いですか」
「目を覚ませ。今日のことは忘れてやるから」
この状況下でよくも人に指図が出来るものだ。
「四代目とは毎晩してたんでしょう?」
かっと頬を染めると、歯を食いしばりカカシは顔を背けた。
「…珍しいですね。いつも冷静沈着なカカシ先輩が動揺するなんて」
「……」
「四代目の名を出されると弱いんですね。やはり人は理性より感情が先立つ脆弱な生き物だ」
カカシはヤマトの顔を見ることが出来なかった。
いつも自分の斜め後ろで温和に微笑んでいた優しい後輩が、こんな一面を持っていたなんて認めたくなかった。
「…どうすれば許してくれる」
「……」
「怒っているんだろう? 知らない間にお前を傷つけていたんだから…」
ヤマトは鼻で笑うと、またカカシの顎を持って上向かせた。
「あなたが望むように、今夜のことは忘れてもいいですよ」
カカシは虚ろな目でヤマトを見ているだけで、何も言わない。
「縄、外したら布団にいきましょうか」
少しの沈黙の後、カカシは諦めたように浅く頷いた。
広間の中央に広がる白い布団の上に、カカシは転がされた。
上着も下穿きも全てを取り除かれ、それでも抵抗することなく黙って天井を見つめている。
「…逃げないんですか」
チャクラを大分消耗しているとは云え体術くらいなら使えるだろう。
何の反応も示さないカカシに、ヤマトは覗き込むようにして組み敷いた彼を見据える。
「お前が望んだことだろ…」
「余裕ですね。余程慣れているということですか」
さっさとしろとばかりに、カカシは目を閉じて横を向いた。
自暴自棄になったような態度が腹立たしくて、ヤマトはカカシの顔を取り乱暴に口付けた。
「…っ、う……」
滅多に露にされない形の良い唇に吸い付き、舌を口内に忍び込ませる。
口腔を舌が傍若無人に這い回り、互いの舌がもつれ合う。
飲み込めなかった唾液が唇の端から零れ落ち、白い布団の上に染みを作った。
長い間、こうしたかったはずなのに煮え切らない憤りが沸々と沸き上がる。
ヤマトはむしゃくしゃした気持ちでカカシから唇を離すと、耳の後ろへと口付けた。
「あ……」
ぴくりとカカシが小さな声を上げたと同時、直ぐに唇を噛み締めた。
「感じやすいんですね。先輩がそんなに好きものだったなんて、ボク嬉しいですよ」
言葉とは裏腹に、ヤマトの声には怒気が混ざっている。
カカシは何も言わず両の手で布団のシーツをぎゅっと握り締めた。
ヤマトの唇は徐々に首筋から鎖骨へと下りてゆき、程よく浮き上がった胸筋の上にある小さな突起に吸い付いた。
「…っ!」
声さえ上げないものの、カカシは反応を悟られることを恐れるように唇を血が滲むまで噛み締める。
その様を下から見ながら、ヤマトは味わうようにゆっくりと舌先で突起を舐めた。
ぴちゃぴちゃと静かな建物の中で水音が響き渡る。
もう片方の突起は指で弄られ、時折弄ぶように爪を立てられた。
「ひ…っ」
思わず声を上げたのは、尻に回った手が何の前触れもなく奥の蕾にあてがわれたせいだ。
容赦なく指がそこをこじ開けるように入ってきたので、カカシは目を見開いて背を浮かせた。
「テ、テンゾウ…っ!」
「ああ、ボクはあなたに優しくする気はありませんよ。ボクさえ気持ち良くなれればいいんですから」
カカシは口をぱくぱくとさせてテンゾウと目を合わせる。
「あなたは黙ってボクの相手をしてくれればいいんです。ボクが満足するまで、ね」
カカシの目に悲壮の色が浮かび上がる。
それを無視して微笑すると、ヤマトは指をまた強引に蕾へと埋め込ませた。
「い…っ!」
「と、言ってもやっぱり女性とは違って濡れませんね。これじゃ入るものも入らない」
ヤマトは布団の傍に投げ出していた自分の忍服を取り、ポケットから何かを取り出した。
小瓶に入ったそれを開け、掌に垂らすとカカシの両足を大きく割る。
「う……」
つぷりと濡れた指が再び沈み込む。
先程とは違い、挿入はスムーズになったが新たな指を増やすとカカシの眉間の皺が益々深く刻まれた。
「熱いですね…先輩の中…」
カカシの耳元に唇を寄せ、ヤマトは興奮気味に囁いた。
指は三本に増え、カカシは息を吐き出すのに精一杯でヤマトの声など聞こえていないようだ。
色違いの美しい双眸は硬く閉じられ、目尻には涙が滲んでいた。
「い…や、だ…テンゾウ…」
ついにカカシの口から抗う声が発せられる。
ヤマトは口端をやんわりと吊り上げ、また耳元で囁いた。
「もっと嫌がって下さい…そしてボクを嫌いになって下さい」
「……」
「嫌いになることで、あなたの中でボクの存在が今より大きくなる。忘れられない存在になる」
カカシは唇を震わせながら恐々とヤマトと目を合わせた。
「本当のボクを知って、あなたも失望すればいい」
突然指が引き抜かれ、息を吐き出したと同時足を高く抱え上げられた。
そして指とは桁違いのヤマトの怒張があてがわれる。
思わず怯むカカシに、ヤマトは躊躇もなくそれを捻じ込んだ。
「――っ!!」
痛みと圧迫感で声にもならない。
カカシは無意識にヤマトの腕を掴んで爪を立てた。
「…先輩っ、息吐いて…っ」
血を滲ませて挿入を拒むカカシのそこに、ヤマトはそれでも無理矢理こじ開けようとしている。
「や…っ、無理…っ」
「大丈夫ですから…力を抜いて…」
ヤマトはカカシを宥めるように何度も細い銀髪を梳いた。
「ぅあ…っ!」
一際高い声が上がった時、ヤマトの全てが収まった。
「はあ…はあ…っ」
互いに息を乱していて、取り合えず第一段階は突破したことに安堵する。
「せん…ぱい……」
「早く…しろ…っ」
上に圧し掛かったままのヤマトに、カカシは不機嫌そうに檄を飛ばした。
ヤマトが上半身を起こすと、無意識にカカシの中が収縮する。
「…そんなに急かさないで下さいよ。ホント、いやらしいですね」
カカシの両の目が開き、ヤマトを睨みつける。
「四代目様とはどんなセックスをしてたんですか」
カカシは黙って顔を背けた。
「あなたはいつもそうですね。自分のことは何も言わない。ああ、でも人のことも聞かないですしね」
「……」
「人に興味を持たない道具。立派な忍ですね」
突然、ずんと鉛のような衝撃が下肢を襲った。
「ひぁ…っ!」
思わず逃げるように引けた腰も、足を大きく割られヤマトの体重によって阻止されてしまう。
「あっ、あぁ…っ」
激しく突き上げられ、カカシの目尻からは溜まっていた涙が零れ落ち、口からは耐え切れなくなった喘ぎ声が漏れ出した。
「……はっ、ん、あ…ぁ…んっ」
「先輩…可愛い……」
興奮気味に短い息を吐き出し、ヤマトはカカシに無理矢理口付けた。
「んん…っ、ふ、あ……ん……」
苦しそうにもがくも、カカシは決してヤマトに縋ろうとしない。
それでも、触れてもいないカカシの分身はヤマトの腹を擦るように屹立している。
「先輩も感じているんじゃないですか…こんなに大きくして」
ヤマトはこの時初めてカカシの其処に指を絡ませた。
「やぁ……っ!」
突然、びくんとカカシの躯が大きく震えた。
直後、ヤマトの掌にカカシの欲望が勢いよく吐き出される。
「…触っただけでイッちゃったんですか…。よく開発されてますね、先輩」
はあはあと肩で大きく息をしているカカシを上から見下ろしながら、ヤマトは冷たく微笑んだ。
「……っ!」
再び腰を大きく使い出すと、カカシが驚いたように目を見開く。
「ちょ…っ、ま、待てテンゾウ!」
「言ったでしょう。ボクはあなたを気遣うつもりはありません。自分だけ満足すればいいんです」
話しながらも、腰を使うことはやめない。
カカシは声にならない悲鳴を上げ、何度も頭を左右に振った。
「……はっ、あ…くっ……」
苦悶の喘ぎはやがて色めいたものへと変わってゆく。
片足を下ろして違う箇所を突けば、カカシの喉から上擦った悲鳴のような声が上がった。
「あぁ……、あ…テ、テンゾウ……」
必死にシーツを掴んでうわ言のように自分の名を繰り返すカカシ。
ヤマトの中で限りない愛しさと同時に、怨恨の念が湧き上がる。
「……ク、ソ…ッ」
ヤマトは自身を引き抜くと、カカシの肩を押して乱暴に腰を持ち、四つん這いの格好にさせてまた深く貫いた。
布団に顔を埋めて喘ぐカカシの後頭部を見ながら、ヤマトはついに感極まって欲望を吐き出した。
それでも、また息を整える間もなく動き出す。
カカシの中で硬さを取り戻しながら、今度は彼の上半身を引き寄せて膝の上に座らせた。
「はぁっ……ん、あ…ぁっ」
もはや理性をなくしたように、カカシはヤマトにされるがまま揺さぶられていた。
胸の突起に弄ぶように触れ、カカシの分身を扱けばイイ声が上がり、反応するように内壁は収縮を繰り返す。
「んぁ…っ、テンゾウ……テンゾウ…っ」
「カカシ、さん………」
あれから何度二人で達したことだろう。
もう出し尽くしてしまったとばかりに、ヤマトはカカシの中に注ぎ込むのを止めてしまった。
「はあっ…は……っ」
体力も限界に達し、ついにヤマトはカカシの上に倒れ込んだ。
その時、それまで全くやりたい放題にさえていたカカシが初めて動いた。
びくっとしたのはヤマトで、冷えた手先はそっとヤマトの頬に掛かった。
目が合うと、カカシがやんわりと笑う。
小さな格子窓から細く差し込んでいる月明かりの中、仄かな光の上で笑むカカシの顔はなんだか泣きそうで、それでも優しく見えた。
心を乱されそうで、ヤマトは逃げるようにカカシの上から退いた。
改めて見たカカシの全身は互いの吐き出した精液でベトベトだった。
顔を顰めるほどの無残な姿に、今更ながら凄まじい罪悪感が襲う。
見ていられなくて目を逸らすと、カカシが背中の向こうでまた笑った気がした。
随分長い間沈黙が続いた。
恐る恐る振り返ると、案の定カカシは目を閉じて眠っていた。
ヤマトはほっと肩を撫で下ろすと、カカシの意識が戻らない内にとタオルを持って体液に塗れた彼の躯を拭き始めた。
汚れを拭う度に露になるカカシの肌には、先の戦を語るように小さな傷から最近の傷まで多くが刻まれている。
出会った頃から尊敬し、遠く憧れていた。
その感情が歪んだ恋愛へと変わったのはいつの頃からだったのか。
まるで死人のように冷えた彼の体を隅々まで丁寧に拭っているうちに、ヤマトの目に涙がこみ上げる。
零れ落ちた涙がカカシの白い肌の上に落ち、それを慌てて拭い取る。
服を着せてやって、全て何もなかったように見せても、カカシが汚れた事実に変わりはない。
「ごめんなさい…先輩…」
目を閉じて深く眠っているカカシには当然聞こえるはずもないが、言っておきたかった。
「あなたが好きでした…」
その言葉を何年も噛み締め生きてきた。
もう思い残すことはない。
ヤマトは自分も服を着るとクナイを持って立ち上がり、カカシから少し離れて座り直した。
月の仄かな光を受けて横たわるカカシの横顔に、ふっと笑みを溢し呟く。
「さようなら、カカシさん」
そしてヤマトは目を瞑ると、クナイを高く抱え上げ、自分の腹目掛けて振り下ろした。
「――っ!!」
覚悟した衝撃は、刃物のそれではなく、丸みを帯びた鈍い痛み。
驚いて目を開け自分の腹を見下ろせば、正体はクナイを持たない自分の拳だった。
「何やってんだ、バカ」
はっとして正面を見ると、上半身を起こしたカカシが苦しそうな顔をして此方を見ていた。
「せん…ぱ…」
ヤマトの言葉を待つ間もなく、カカシはまた倒れた。
きっと万華鏡写輪眼を使ったのだろう。
ただでさえ体力を消耗しているというのに、ヤマトは一目散にカカシのもとに駆け寄っていた。
「先輩っ!」
苦しそうに呻き、カカシが薄っすらと目を開ける。
「今度起きた時、死んでたら許さねえからな…」
ヤマトは目を大きく見開いて息を詰めた。
「また、明日な…」
カカシは最後にそう言うとふっと笑いかけ、また目を閉じた。
規則正しい寝息が聞こえ始め、ヤマトは安心したように肩を落とす。
「ボク…明日も生きてていいんですか、先輩…」
涙声で呟いたヤマトは、カカシを腕の中で強く抱き締めた。
翌朝、ヤマトが目を覚ますと、胸の中で微笑むカカシと目が合った。
「せ…せんぱ…」
「おはよ」
朝日の中でにっこりと微笑むカカシは、まるで何もなかったようにいつものままだった。
どんな顔をしていいのか分からず、焦って出たヤマトの第一声は間抜けな一言だった。
「い、いつから…起きてたんですか」
「さっき起きた。お前が強く抱きついてるから苦しくて」
「あっ、す、すいませ…っ!」
真っ赤になって慌てて体を起こそうとすると、カカシがクスクス笑ってヤマトの頬に手を掛けた。
「いいよ。そのまま聞いて」
「え…?」
カカシは目を眇めると、横になったまま思い出すように語り始めた。
「先生とは…一回だけ。ガキの頃、オレが泣いてお願いしたんだ」
「……」
「あの後、半年もしないうちに里が九尾に襲われ先生は亡くなった。今思えば、先生は自分の死が近いことを知ってたのかも知れないな。オレの我侭を受け入れてくれたのも、最後の餞別のつもりだったのかも知れない。そういう人だったから…」
ヤマトは黙ったまま少し苦い顔を浮かべた。
そのヤマトの心情を知ってか、カカシが微笑を浮かべて再び口を開いた。
「先生から一度、お前の話を聞いたことがある」
「え…?」
思わぬ言葉に驚いて顔を上げる。
「木遁の術を持つ、感情を見せない淋しそうな背中をしている子だと言ってた」
「……」
「でも、くるみをあげたら面の下でとても嬉しそうに笑ってくれたって」
ヤマトは目を大きく見開いた。
「そ、その人…狐の面を…」
うん、とカカシは笑って頷いた。
「お前も覚えてたってことは、それだけ印象の強い人だったんだろう?」
ヤマトは少し赤らんで目を伏せる。
「先生は不思議な人だった。強くて優しくて…でも厳しかった。オレにとって先生は今も昔も憧れの存在だ」
不思議ともう嫉妬は覚えなかった。
ただ、先輩と自分は似ていたんだと思った。
憧れから恋心に変わる歪んだ感情をずっと内に秘めて生きてきた。
自分の欲情を嫌悪し、燻った焚き火はいつか鎮火すると信じて時の経過に身を任せた。
なのに一向に消えない火は、いつか何かのきっかけで一気に暴発する。
まるで、目を背けるなと言うように。
「すみませんでした…先輩…」
カカシは目を細めヤマトをじっと見つめ返した。
「もうボクを傍に置いてくれないですよね…」
カカシは黙ったままだった。
沈黙に耐え切れなくて、ヤマトの目から一筋涙が零れ落ちた。
その涙を、カカシの細い指先が優しく拭ってくれる。
「今更だろ」
「……」
「先生の代わりがいないように、お前の代わりもいないよ」
ヤマトがゆっくり目を上げる。
「もう自分を抑えるなよ。お前は道具じゃなくて人だろ?」
ヤマトが目を大きく見開いた。
「オレはお前のことお前自身よりよく知ってるよ。優しくて、でも本当は淋しがり屋で」
「ボ、ボクは優しくなんか…っ」
「最中、オレに優しくする気なんかないって言いながら、結局オレの体を気遣ってくれたじゃないか。お前は自分で言うほど悪党じゃないよ」
あの状況下でよく人の言葉を逐一覚えているものだ。
二の句が次げず、ヤマトは恥ずかしそうに口を引き結ぶ。
「オレはお前のこと好きだよ」
信じられない言葉に、ヤマトは目を上げると顔を真っ赤に染めた。
「せ、先輩…でも…ボクは先輩に酷いことを…っ」
言葉は最後まで声にならず、ぽろりと大粒の涙が零れ落ちた。
止め処なく流れる涙に遂にヤマトは子供のようにしゃくり上げ、情けないくらいの勢いで泣き出した。
宥めるように、カカシがヤマトの頭を引き寄せ優しく背中を撫でる。
「先輩…カカシ先輩…っ」
嗚咽交じりに何度もカカシの名を呼ぶ。
カカシは黙って、でも時折笑ってヤマトをいつまでも抱き締めてくれた。
太陽の日差しも届かない鬱蒼とした森の中を、木々の間を流れるように掻き分けて飛ぶ影があった。
一体かと思われた影は、よくよく見れば二体が重なって飛んでいる。
「あのさ、里近くになったら下ろせよ」
背負われた男が少し訝しげに耳元で呟いた。
「何故ですか」
背負っている男の方が飛びながら息も乱さず聞き返す。
「何故って…そりゃ恥ずかしいからに決まってんでしょ」
「いいじゃないですか。カカシ先輩のそういう姿は里の人も何度も目の当たりにしてますし」
「今回こういう目に合ったのはお前のせいだろうが」
そうですね、とヤマトはバツが悪そうに無理矢理笑う。
「でも、先輩がまさかあのタイミングで目を覚ますなんて思いもしなかったですよ」
カカシが後輩の背中で思い出したように小さく笑んだ。
「ボクは先輩を拘束した時点で既に自害する気でした。先輩に嫌われたら生きていけないと思ってましたから…」
木々をすり抜けながら、ヤマトは背負っている大事な人を無意識に強く引き寄せた。
「半分寝てたんだがな、きっとオレの中に仕込んでいたお前の種が反応したんじゃないか」
嫌味のような答えに、ヤマトは言い訳も出来ず赤面し、また小さく謝った。
「お前にストーカーの気質があったとはね。真面目な顔してる奴ほど危ないのかもな」
「すいません…」
「もうお前とは飯食わない」
「ええっそんなっ! もうしませんからっ」
思わず背中を振り返ったが、枝にぶつかりそうになって慌ててまた前を向く。
「ま、でもお前の奢りなら考えてやらないでもないけどな」
「は、はいっ」
ヤマトの表情が安心したようにぱっと明るく華やいだ。
やがて深い森を抜けて明るい道の上に出る。
ヤマトは走るのをやめ、カカシをおぶったまま歩を緩めた。
優しい風を受けながら、緑の香りの中を土を踏みしめてゆったりと歩く。
背中に感じる重みと温かさがヤマトに自然と笑みを浮かび上がらせた。
「ボク…先輩に言ってないことがあるんです」
「なんだよ」
さくさくと鳴る足元を見下ろしながら、ヤマトが顔を薄っすらと染め口を開いた。
「ボク…カカシ先輩がずっと好きでした」
「聞いたよ…」
背中のカカシもぶっきらぼうながらも照れてるようだ。
「先輩と…付き合いたいんです」
カカシは何も言わずに目を伏せる。
「やっぱり…ダメですよね…」
はは、とヤマトが苦々しく笑った。
「…いいんじゃない」
「え……」
ヤマトは立ち止まり、首を捻ってカカシに振り返った。
「い、今なんて…」
「聞こえなかった? もう里に着くから下ろせって言ったんだよ」
数秒の間の後、ぷっとヤマトが吹き出した。
それからじたばたと暴れ始めるカカシを抱え直し、笑いながら歩き出す。
「下ろせって言ってるでしょ!」
「やです」
「テンゾウ〜!」
「ヤマトです」
楽しそうな声に釣られるように、森から流れてきた木の葉が舞い上がる。
あとがき
お疲れ様でした!
思ったより長くなっちゃったし、エロも相変わらずエロくなくてすみません(汗)
一応この話は先に書いた四カカ小説の続きみたいになってます。
良かったらそちらの方にも目を通して頂けると嬉しいです(^^)
私は四代目に嫉妬するヤマトが好きでたまりません(笑)
でも今度はラブラブになったヤマカカを書いてみたいですね。
タイトルはご存知の通りNARUTOオープニングから。
私のお気に入りOP三本の指に入るかな(笑)
爽やかでとてもいい歌詞だと思います♪
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。