透明だった世界



 

 そこは、何の音もない静かな世界だった。

 無限に広がる幾多にも凹凸した柱の上、静寂の昏い闇だけが支配している。

 自分の荒い息遣いだけが唯一の音となり、現実を告げている。

 柱の上で大の字になっていたカカシは荒い息を弾ませながら、真っ暗な空をじっと眺めていた。

 ふと、横に人の気配を感じた。

 顔を傾けると、自分を見下ろすオビトが立っている。

 何の表情もなく、色のない目がカカシを無言で見つめていた。

「神威の中か…」

「ああ。気分はどうだ」

 虚を衝かれた質問に、カカシは思わず鼻で笑った。

「クタクタだよ。どうぞ殺してくれ」

 投げやりな科白に、オビトは目を細め口角を吊り上げた。

「此処は二人だけの世界だ…」

 逃げ場がないと言うことか、とカカシは半ば自棄になって目を閉じる。

 親友との奇跡の再会がこんな形で終わるなんて皮肉なものだ。

 これも罪を作りすぎた自分の運命なのだろう。

「そういうや昔、オレの秘密基地にお前が来たことがあったよな」

 突然降って来た突飛な声に、カカシは億劫そうにオビトを見上げた。

「覚えてるか?」

「あ、ああ…」

 まだお互いが中忍だった頃、次の任務の報告をするため、カカシが里外れの山の奥でオビトを探して辿り着いたのが、その秘密基地だった。

 森の中に隠れるように存在していた岩山の洞穴は、正に秘密基地という呼び名に相応しい場所で、見つかったオビトは烈火の如く怒ったものだ。

「仕方ないからって仲間にしてやったんだよな」

「はは…乗り気じゃなかったけどエロ本隠し場所には持って来いだったな」

 懐かしみながら、あの頃の事を思い返す。

「相変わらずエロ小説が好きなのか」

「お前は三行以上の文字なんて読めねーって言ってたっけ」

「エロ本の趣味まで合わないくせに、案外二人で入り浸ってたよな」

「男の子だからな。色んな物持ち込んで結構面白かったよ」

「あの秘密基地、今も残っているかな」

「もう封鎖されたよ。岩が脆くなって危ないからって」

 そうか、残念だと言ってオビトが少し寂しそうに笑う。

「なんでいきなりその話を…?」

「あれも二人の世界だったのかな…ってさ」

 そう言うと、オビトはカカシに馬乗りになった。

 そして今だ息の整わないカカシの頬に手を当てる。

「随分とでかくなったもんだな、カカシ」

「お互い様だろ。重いよ」

「お前は昔からクタクタでも口先だけはよく動くな」

「はは…」

 それからカカシは喋らなくなった。

 覚悟を決めたように、指一本動かさずオビトの顔をただじっと見つめている。

 暫く互いを見つめていたが、やがてオビトが感慨深く口を開いた。

「やっと…夢が叶った」

「……」

「お前と二人だけになれる世界だ」

 カカシは困ったように少しだけ笑み、今度こそ死を覚悟して目を閉じる。

「でもすぐ一人になるな」

「ずっと二人だ」

「…?」

 閉じていた瞼を上げると目の前にオビトの顔があり、驚く間もなくマスクの上から唇を押し付けられた。

 突然のことで頭が真っ白になっているカカシに構うことなく、オビトはゆっくりと離れて行く。

 そして慈しむようにカカシの頬を撫でると、指先で写輪眼の瞼を辿った。

「カカシ…もうお前に後悔はさせない。これからはずっと一緒だ」

「オビ…ト…」

 カカシは目を見開き、唇を戦慄かせる。

「誰も邪魔者はいない二人だけの世界だ。過去も未来もない。あるのは永遠の今だけ」

「……」

「今まで辛かったよな、カカシ」

 カカシは息を詰めた。

「オレはお前よりお前のことをよく知っている。ずっと見ていたからな」

「……」

「でももう何も考えなくていいんだ」

 不意にカカシの目から、ツーと涙が零れ出た。

「泣くな、カカシ」と言いながらその涙を、オビトが優しく拭ってくれる。

「お前の望む世界をオレが創ってやる」

 そしてカカシの口布に手をやり剥がすと、直に唇を合わせてきた。

 カカシは抵抗なく、オビトの唇を受け止めていた。

 何も考えられなかった。

 ただ涙だけが止まらず、頬をいつまでも伝い落ちてゆく。

 オビトが慰めるように唇で何度も拭い続ける。

 再び唇に辿りつくと、口腔を割って舌を這わせてきた。

「ん…っ」

 カカシが苦しそうに息を洩らすと、益々舌を絡めて激しく貪る。

 やがて糸を引いて離れた後、互いの顔を見定めた。

「ずっと…こうしたかった」

 カカシは悲しそうに唇を震わせる。

「これが…お前の望む世界なのか…?」

 恍惚とした表情で、オビトが穏やかに微笑んだ。

「お前が好きなのはリンだろう…?」

「リンは死んだじゃないか」

 びくりとカカシが肩を震わせた。

「分かってるよ。お前のせいじゃない」

「……」

「リンは死んだ。だがお前は生きている」

 オビトの手が再び頬を滑る。

「それでいいじゃないか…」

 カカシはオビトを見ていることが出来なくなり、目を背けた。

「すまないカカシ。そんな顔させたくてお前を此処に連れて来たんじゃない」

「……」

「オレはお前に笑ってて欲しいんだ。笑えよ。な…?」

 カカシの耳たぶを食みながら、オビトはカカシの忍服のファスナーに手をかけた。

 無音の空間で、衣擦れの音や相手の体温がこの異空間での現実を突きつける。

「や、やめてくれ…オビト」

 カカシが初めて抵抗の声を発した。

 一瞬オビトの手が止まったが、直ぐにまた服を剥ぐ動きは再開された。

「恥ずかしがることはない。ガキの頃から知ってる仲だろ」

「そういう事じゃ…」

「もう黙れ」

 オビトの手が、肌に直接触れた。

 そのあまりの手の熱さに、一瞬ピクリと反応する。

「感じ易いんだな、カカシ」

 オビトは嬉しそうにカカシの服を捲り上げると、色付いた突起に口付けた。

「あ…っ」

 カカシは戸惑うようにオビトの肩に手を置いた。

 しかし剥がす力も抵抗する術も、躊躇する感情の前で何も出来ずにいる。

 ただ、オビトの服を握り締めるのが精一杯だった。

 こうなりたかった訳じゃない。

 自分の親友であり英雄だったオビトと、こんな関係を築きたかった訳じゃない。

「嫌だ…オビト…っ」

 新たに零れ落ちた涙に気付き、オビトが再び背伸びしてカカシの顔を覗き込む。

「カカシ。オレはお前に会えて嬉しい」

 カカシは驚いて背けていた顔を戻した。

「お前はどうだ…?」

「そんなの…オレだって…」

 その後は声にならず、ただ涙ばかりが溢れ出る。

「これからはオレが傍にいる。ずっと一緒だ」

「オビト…」

「愛してる」

 オビトが唇にそっと口付ける。

 それ以上カカシは抗う言葉を口にしなかった。




「あ…っ、あぁ…!」

 カカシは引っ切り無しに喘ぎ、オビトの下で身悶える。

 何度もオビトの熱がカカシの下肢を打ち付けていた。

 もう何の涙なのか分からないほど咽び泣き、互いの荒い息遣いが静寂な空間に満ちているだけだった。

 もうどれくらい揺さぶられているだろう。

 オビトは何度果ててもカカシから退こうとはしない。

「オビト…もう…っ」

 限界はとうに超えている。

 もう出すものはないというほど吐き出しているのに、オビトの屹立した熱はカカシの中を幾度も抉り往復する。

「カカシ…カカシ…」

 オビトはカカシの名を繰り返すばかりだった。

 その度に胸が締め付けられるような気持ちになり、オビトにしがみ付く腕が強くなる。

 オビトの背中にあるうちはの家紋は皺だらけになり、カカシの掲げられた足は暗い宙を跳ねた。

「や…あ、ああぁ!」

 何度目かの絶頂にカカシが背を引き攣らせ、ビクビクと痙攣を起こした。

 だが、オビトの手の中にあった其処からは透明な液が滴り落ちるだけで何も噴出しはしなかった。

「空になってもイけるなんて、カカシはいやらしいな」

 オビトは腰の動きを止めず、汗だくの顔を寄せてカカシの耳元に舌を這わせた。

 肌のぶつかる音が速度を増し、無遠慮に中を犯す。

「カカシ…」

 耳元を擽る、自分を呼ぶ切なげな低い声。

 ああ、オビトの匂いだ…と懐かしさが鼻腔を掠める。

 目を開けば、大人に成長したオビトの精悍な顔立ちに、まるでタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。

 しかしあの頃と違うのは、顔右半分が傷跡になってしまっているところだ。

 カカシは朦朧とした頭で、そっとその頬に手を伸ばした。

「…なんだ」

 オビトが動きを止め、カカシと目を合わせる。

「お前が生きてて…良かった」

 オビトは目を和らげ、「こんな顔だけどな」と皮肉に笑った。

「お前が…オビトが生きてることでオレは少し救われた」

「……」

「後悔だらけの人生だったけど、こうやってお前と語り合える日が来るなんて夢にも思わなかったから…」

「…此処は夢の世界だ…」

 オビトの言葉に、カカシが緩んだ口元を引き締める。

「素晴らしいだろう…? 現実は残酷だ。苦悩と後悔しか生み出さない。でもこの世界は違う。自由で、ありとあらゆる物を創り出すことが出来る」

「……」

「此処に居れば、もうお前が泣くことはない」

「…それでも、オレは向こうに帰りたい」

 突然かっとオビトが目を見開く。

 その後、ずん、と体内の楔が奥を深く抉った。

「うぁ……っ!」

「何故だカカシ! 何故分からない!」

「あ、オ、ビ…っ」

 打ち込む熱は硬度を増し、カカシの中を行き来する。

「これからは二人っきりだ。無限のこの世界でオレ達だけの世界を創るんだ!」

 カカシは音にならない喘ぎを洩らしながら、オビトの打ちつける熱に再び涙を溢れさせる。

 そのカカシを見ながら、オビトは恍惚とした表情で腰を揺らし呟いた。

「なあカカシ。こうしてこれからはずっとオレと体を繋ぎ、愛の言葉を紡ぎ合おう」

「あっ、あっ…!」

 耳元でオビトの掠れた声が熱く紡がれる。

「オレはお前さえ居れば何もいらない。カカシ…愛してる」

「――ッ!」

 カカシがびくりと体を震わせたと同時、オビトも何度目かの精を叩き付けた。

「はあ…はあ…っ」

 力尽きたように、オビトがカカシの上に倒れこむ。

 息が整い始めた頃、カカシの声が聞こえた。

「ごめん、オビト…」

「……」

「あんな世界でもオレには大切なんだ。守りたい奴等が沢山出来ちまった」

 オビトがゆっくりと真横のカカシに目を向けた。

「オレよりも…か?」

 その言葉に、カカシは少し困ったように笑った。

「お前も…行こう」

 オビトの目が驚愕に見開いた。

「向こうでも、お前の望む世界が創れるよ」

「オレはお前が居ればいい」

「勿論オレも居る」

 再びカカシは優しく微笑むと、オビトの右頬に手を這わせ呟いた。

「好きだよ、オビト」

「……っ」

「向こうで…待ってる」

 その言葉を最後に、カカシは根尽きたように眠ってしまった。

 暫く、オビトはそのカカシの寝顔をじっと見つめていた。

 無音の異次元空間で、カカシの静かな寝息だけが時を刻んでいる。

 涙の跡をそっと撫でると、まだ少し水分を残した滴が指に絡みついた。

 それを唇に運び、ぺろりと舐める。

「此処に居ても…お前を泣かせるだけみたいだな」

 オビトは下りた口布を引き上げてやり、愛しそうにカカシの額に口付けた。

「オレの夢に付き合ってくれてありがとうな…カカシ」

 その後、万華鏡写輪眼を見開き、神威を発動させた。




「…シ先生…カカシ先生っ!」

 耳元で呼ばれた大声に、カカシははっとなって目を覚ました。

 柔らかな光と緑の香り。小鳥の囀り、優しい風。

 目の前には、見慣れた部下や仲間達が自分を取り囲むようにして心配そうに見下ろしている。

「あ…オレ…」

「良かったー! あのオビトって奴に吸い込まれちまったから…」

「さすがカカシ先生! 自力で戻って来たんですね!」

 ナルトとサクラがほっとしたように笑って沸いている。

「服が少し乱れていたようだが、向こうで戦闘でもしてたのか?」

 ガイの言葉に、カカシは真っ赤になって自分の服を見下ろしたが、乱れていたのは上着部分だけのようだった。

「戻ったのか…」

 それからきょろきょろと周りを見回す。

 周りには自分たちの他に敵らしき姿は確認出来なかった。

「なんか敵の野郎、さっきから出て来ねえんだよなー。きっとオレ達に恐れをなして逃げちまったんだってばよ!」

 ナルトが踏ん反り返って笑うので、カカシも攣られるように少し笑った。

 いつもの現実が今此処にある。

 カカシは感慨深く思い、笑みを浮かべる。

「カカシ先生すごく体力消耗してるでしょ。治してあげる」

「あ、ああ。ありがと」

 サクラの治療を受けながら、カカシは先程まで一緒に居た異空間でのオビトの事を思い出した。

――オビトが飛ばしてくれたのか…。

 ふっと笑みを零し、目を閉じる。

 また神威の中で会えるかも知れない。

 その時は、今度は昔の話でもしよう。互いの宝物でも見せ合おう。

 新しい、オレ達の秘密基地だ――。

 柔らかい風が、踊るように木の葉を舞い上がらせた。【完】


 

 サヨナラ 会えなくなったって 僕らは続きがあるから
 僕が創る世界なんで走るよ いつか見た未来も越えて

                 秦基博「透明だった世界」






あとがき


此処まで読んで頂きありがとうございました!

初のオビ×カカでしたが、いかがでしたでしょうか。

本当はヤンデレオビトを目指したつもりだったのですが、最後は結局いい人に落ち着いちゃいましたね(苦笑)

まー仕方ないですよね、オビト自身本来はいい子だもの(逃)

別にエロは入れなくても関係なかったかな、と思いましたが私自身が書きたかっただけなので許して下さい(笑)

拍手絵に少しだけワンシーンを漫画にして載せてみました。どの部分が使われているのかお楽しみに!
(いや期待しないで下さい
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